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2025.10.13|CEOコラム

穴は穴でも-多孔性金属錯体とスイスチーズ理論 ~CEOコラム[もっと光を]vol.297

 先週、京都大学の北川進氏にノーベル化学賞が授与されました。受賞理由となった「多孔性金属錯体」とは、金属と有機分子を組み合わせて作られる、目に見えないほど微細な「穴」が無数に空いた物質のことです。この無数の穴が、ガスの吸着や分離、エネルギー貯蔵などに性能を発揮し、人類に新たな恩恵をもたらすといわれています。一般に「穴」といえば、欠点や弱点の代名詞のように思われますが、北川氏の研究が示すのはその逆です。空いているからこそ、通す・貯める・選び取ることができる、つまり「穴」こそが価値を生み出す鍵となっているのです。

 

 一方で、この「穴」はリスクを象徴する言葉でもあります。安全管理の分野には「スイスチーズ理論」という考え方があります。どのような組織にも、ルールやチェック体制といった仕組み(内部統制制度)がありますが、その仕組みには小さな「穴」、つまり不備や油断、誤解などが存在します。通常、それらの穴が重なることはなく、したがって事故は起きません。ところが、あるとき偶然それらの穴が一直線に並んでしまうと、ミスや不正が一気に表面化し、重大な問題へと発展するのです。

 

 ここに、多孔性金属錯体とスイスチーズ理論の興味深い共通点が見えてきます。多孔性金属錯体では、穴が秩序正しく配置されているからこそ新しい機能が生まれます。これに対して、スイスチーズ理論では、バラバラに存在する穴が偶然に重なることで悲劇を招きます。両者の違いは「穴をコントロールできているかどうか」です。仕組みの弱点を可視化し、偶然でも穴が重ならないように設計すれば、それは脆さではなく強さに変わります。穴を放置するのではなく、構造としてコントロールすることがカンどころなのです。

 

 不正や事故は、個人的な意図や失敗もさることながら、組織全体の「穴の重なり」から生まれることが多いものです。私たちは、完全無欠な仕組みをつくることはできません。しかし、北川氏の研究が示すように、「穴の構造を理解し、上手に利用する」ことで、新たな価値や安全を生み出すことは可能です。「穴」を恐れるのではなく、その存在を前提に、重ならないよう整える。科学も組織も、成熟とは「穴のない状態」ではなく、「穴とどう向き合うか」にこそ表れるのではないでしょうか。

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