過日、筆者が関与している会社の取引先が民事再生手続きを申立てました。約一千万円の貸倒れ発生という事件の勃発です。申立代理人の説明によると、「申立会社は創業当初より不適切会計を行っており、複数の金融機関に対して実態と異なる決算書を提示して多額の借り入れを行い、業況の悪化とともに返済の目処が立たなくなった」とのことです。不適切会計とは身勝手な表現ですが、要はウソを重ねた決算書で金融機関を欺いて資金調達をしていたというのですから、その罪は重いと言わざるを得ません。
早いもので監査業務に従事して45年が経ちました。監査の目的の一つが粉飾決算に対する牽制・抑止であることは言うまでもありませんが、この45年間、「人はなぜ粉飾決算に手を染めるのだろうか」という疑問を払拭することができずにいます。破綻しない、あるいは露見しない粉飾決算など歴史上一つとして存在しないにもかかわらず、人はなぜ粉飾決算に手を染めるのか理解できないのです。ウソの代償は大きく、過去には刑事罰によって収監された経営者もいます。
さて、話は変わって、ある外科医のエピソードを紹介します。末期がんで余命幾ばくもない患者から「最後は自宅で、畳の上で死にたい」と告げられ、家族もそれを願っていました。程なくして患者の意識が混濁し始め、昏睡状態が続いている間も家族から「自宅に連れて帰りたい」と懇願された医師は、少し考えてから「分かりました、今から帰りましょう」と救急車を手配しました。そして、医師自らも救急車に同乗して患者の自宅へ向かいました。
自宅に着いて、医師は患者を居間の布団に寝かせ、家族が集まったところで、おもむろに患者の脈を取り、「今、お亡くなりになりました。ご愁傷様です」と告げました。願いが叶った家族は涙をこらえながらも医師に感謝の言葉を伝えました。医師は病院に戻って後輩の医師達に患者の最後を伝えました。
「患者さんやご家族の願いが叶って良かったですね」
「うん、そうなんだけど、実は病院を出る前に患者さんは亡くなっていたんだよね」
「えー、それって死体を運んだんですか?」
「そうだけど、医療ってそういうことじゃないかな?手術だけじゃ、いい外科医になれないよ」
世の中には許されるウソもあるのです。