ドイツの決済サービス会社であるワイヤーカード社が巨額の粉飾決算が引き金となって経営破綻したニュースは既にご存知だと思いますが、同社の監査人であるアーンスト・アンド・ヤング(EY)が預金残高の確認を3年以上も怠っていたとの報道には監査業務に携わる同業者の一人として驚きを禁じ得ません。
預金残高の確認手続きなど監査のイロハのイであり、監査人が金融機関から直接証拠を入手する上で最も重要な手続きであるにもかかわらず、それを怠り会社が入手した残高証明書のコピーで済ませていたというのですから驚くほかはありません。案の定、そのコピーが偽造されていたというオチには笑うほかはなく、欧米系の監査人の監査品質は高いという思い込みはもはや打ち捨てるべきでしょう。
それはともかく、この手の事件が起こると必ず話題になるのが、監査人と監査報酬の関係です。例えば、日経新聞は「不正会計が止まらない背景には、会計監査の構造問題が指摘されてきた。監査人は企業から監査報酬を受け取り、経営・税務コンサルティングなど監査以外の仕事でも企業から報酬を得ることが多い。なれ合いに陥り、監査が甘くなりやすい」と社説で述べていますが、こうした安直で短絡的な意見の行き着く先は、「だから監査される会社から報酬を受けるなどもってのほかで、監査は公的機関で行うべきである」という、俗に言う監査公営論です。
では、監査を公的機関で行えば問題が氷解するのでしょうか。監査は経営者と監査人の信頼関係があって初めて成り立つ仕組みです。監査の現場では大小様々な問題が検出されますが、監査人からの指摘で多くの問題点は是正されます。粉飾決算として表面化する前に、監査人が抑止力を発揮して適正な決算と開示に貢献していることも事実です。これは両者が信頼しあっているからできることで、公務員による強制監査では、そうはならないでしょう。おそらく、是か非か、白か黒か、といった不毛の議論が繰り広げられるだけで、およそ投資家の利益にはならないと考えます。とはいえ、今回のワイヤーカード粉飾事件の真相が詳らかになる中で、監査のあり方が改めて議論されることは避けられないでしょう。